理学療法士とは

About Physical Therapist

理学療法士が治療にあたるのは、これまでできたことが病気やケガによってできなくなった方々です。歩行や階段の上り下りが困難、右半身が麻痺して身体を自由に動かせない、寝たきりの状態で寝返りがうてない、立つことすらままならないというケースもあります。

そうした人たちが基本的動作（寝返る・座る・立つ・歩くなど日常生活に必要な動作）の能力を取り戻せるよう手助けをするのが理学療法士の仕事です。手すりにつかまって伝い歩く訓練をしている患者さんの横についてサポートをしたり、患者さんの筋力や柔軟性を向上させる運動を指導したり、あるいは機器を用いて電気療法をしたりと、いろいろな方法を駆使します。

最近では、ケガや病気の予防のための運動療法を指導することも増えています。地域で高齢者を対象とした体操教室を催したり、運動指導や生活指導を行ったり。出産後の腰痛を防ぐための運動や、出産時の痛みの緩和のための指導なども対象になってきています。ですから、働く場もかつてと比べると格段に広がっており、病院や診療所だけでなく、高齢者や障害者の福祉施設、保健所や保健センター、あるいはスポーツ施設に勤める例も少なくありません。理学療法士が治療や指導の対象とする人たちの年齢も、それこそ生まれてすぐの赤ちゃんから100歳を超えた高齢者まで実に様々です。

現在の理学療法士は、かなり広範囲の役割を担っていますし、今後はさらに多様な場で必要とされる仕事だといえるでしょう。

手で触れて感じ取れる情報は膨大にある

よく聞かれるのは、理学療法士と作業療法士との違いです。

患者さんの機能回復という目標は一緒ですが、理学療法士はより基本的な動作の回復、立って歩いて、階段を上り下りするなどを目的とし、作業療法士はその先にある動作、たとえば衣服を着たり、指先を使った作業の訓練をしたりという専門性の違いがあります。ですから、理学療法士が患者さんの動作を直接的に訓練するのに対して、作業療法士はその人に必要な訓練のプログラムを作ったり動作がしやすいよう生活環境を整えたりといったことが多くなってきます。

理学療法士は自分の手を使って治療に当たることが多いため、皮膚や筋肉の硬さ、凝りなどを感じ取る必要があります。一方、最近ではいろいろな機器が出てきて、それらを使って評価したり治療をしたりすることも増えています。

たとえば、歩行時の動画を見て重心がどこにかかっているかを解析できる。今までなら、自分の目だけで判断しなければならなかったことが具体的な数値として表れるため、より正確な状況を把握できるわけです。

ただ、まずは手の感触から判断することを学んでいくべきでしょう。

脳梗塞の患者さんを診た時のことです。何度かリハビリに来ていたので、体に触れる機会がありました。ある日、同じように触れていると「何かが違うな」と感じ取ることができたのですが、ほかの検査では何の問題もありませんでした。でも、筋肉の動き方などが異なっているように感じたので、患者さんには帰り際、「気をつけてください」と伝えると、やはりその翌日に再度の梗塞があったんです。

ほかにも、脳卒中による神経の麻痺で足が動きにくいと診断されてリハビリに来た患者さんでは、足に触れていろいろと動かしてみると、膝の関節のところに変形があることが分かりました。神経の麻痺ではなく、それが原因で動かしにくかったんです。

機器を利用することは大切です。しかし、それと同時に手で感触を確かめつつ治療することも大事なんです。経験を積んだ手から得られる情報は、精密機器と同じぐらいの精緻さがあります。とくに日本人の場合、欧米の理学療法士と比べてみても、手で触れて評価する分野に長けているようにも感じます。アメリカでは女性の理学療法士が圧倒的に多数ですが、日本では男性が多いですね。男性だからできることもあるし、逆に女性だからできることもある。その特性を生かして患者さんに接していけばいいと思います。

そのためにも、ひとりでも多くの患者さんと真剣に向き合う経験をたくさん積んでいくことが重要でしょう。その積み重ねが自分の力になっていくはずです。

人間には秘められた力があると思い知る

今でこそ学生を指導する立場にありますが、私が理学療法士を目指した理由は、崇高な思いがあったためではありません。

高校時代、交通事故に遭って入院していた友人を見舞いに行った時、リハビリをする彼の横でお年寄りが一生懸命に立ち上がるための訓練をしていました。後で考えるとその方が理学療法士だったのですが、お年寄りの横で「よいしょ、よいしょ」と声をかけて補助をしている人がいたんです。そんな姿を見て「あの人の職業は何なのかな」と思ったのが最初です。

その後、開業医をしていた叔父に言われてリハビリ施設の見学に行き、そこで改めて理学療法士という仕事について知ったのです。ですから、初めは「面白そうやな」という程度でした。

高校を出てから専門学校で学び、実習で行った大阪市立大学の大学病院に勤めるようになりました。そこでは30年ほど働きました。初めは整形外科の付属としてリハビリを担当していたのですが、やがて独立したリハビリテーション科になって、リハビリテーション専門医が加わり一緒にいろいろな患者さんを診るようになりました。

30年前は、まだまだ身体の動きと症状との関係で分からないことが多く、リハビリといっても理論的な裏付けがないケースもありました。感覚的に「ここを動かすとこの症状が改善するはずだ」と分かるのだけれど、どうしてそうなるのかが分からない。しかし、その後研究が進み、身体構造的な部分も含めてリハビリの効果はこの30年でかなり進歩したように感じます。

もちろん、それでも不明なことはたくさんあります。脳卒中の患者さんで言語中枢に障害が残り、まともに言葉を発することができなくなった男性がいました。

その方のリハビリを担当した時のことです。大学で教えていたような人だったのですが、話している言葉がまったく分からず、めちゃめちゃな言葉に聞こえていました。

ところがある時、ひょんなことからその方が話していたのは「アラビア語」だと分かったのです。驚きましたよ。家族に聞くと彼は4か国語を話せたそうで、脳に障害が残ったけれど、どういうわけかアラビア語の言語中枢だけが障害が残らず、話す時にはアラビア語が出てくるようになったんですね。

こうした例にはよく出会います。脳梗塞で意識障害が残っていた女性が、三味線の音を聞くと立ち上がって踊りだすといったこともありました。その方も過去に踊りをやっていたのです。

人間の身体には秘められた可能性がたくさんありますし、それに触れられるのもこの仕事の醍醐味です。今でも、日々、新たに学ぶことばかりですね。理学療法士を目指すにあたり、勉強はできたほうがいいですが、とくに理数系に秀でている必要はありません。高校までの授業を普通に理解していれば十分ですし、後は入学後に学べば間に合います。

ただ、体力は必要です。勤める現場にもよりますが、一日に何十人もの患者さんを担当することもありますので、ある程度の体力はあったほうがいいでしょう。

昔と比べて、仕事をする場が拡大してきているので、選択肢も広がっています。その意味では、働きやすくなっていると感じます。理学療法士という大枠に関心があれば、自分の性格に合った職場が必ず見つかるはずです。

リハビリは患者さんとのコラボレーション

理学療法士に適した性格は、それほど明確なわけではありません。ただ、仕事をするうえで「この人のために」と思える人でなければいけないでしょうね。いつも「自分のため」という性格では、長続きしないと思います。

あとは、諦めない。言い訳をしない。何事も真摯に受け止める。これらの要素も大切ですが、そうしたことは学んでいくうちに身についていくのかもしれません。

リハビリは人と人との触れ合いです。相手の性格や人柄を把握しながら、こちらもそれに合わせなければならない面が多々あります。一方的に治療法を押しつけるのではなく、患者さんに理解してもらい、お互いに協力しながら機能回復を目指すのです。

そして、誰もが順調に回復するわけではありません。障害によってはリハビリをしても機能が向上しないこともありますし、余命宣告を受けているような方もいます。

残された時間が数か月しかない患者さんが、どうリハビリと向き合えばいいのか、「一緒に頑張りましょう」と言うばかりではどうにもならないケースもあるのです。

私は、以前と変わらない生活を送るためにも、たとえほんの少しでも動けるようになるのならリハビリをすべきだと考えています。それが日常の動きならなおさらです。その日その時をきちんと暮らせるようにサポートするのが理学療法士の務めです。

一方で「リハビリをしてもしょうがない」と口にする高齢の患者さんもいます。その時には「過去の思い出ばかり語らず、これから新しい思い出をつくりましょう」と話しています。新たに始めることを恐れず可能性を追求する。「今していることが、明日には思い出になっていくんです」と。そんなふうに話すと、やる気を出してくれる方もたくさんいます。

こちらがしっかりポリシーを持って対していけば、患者さんもそれに応えてくれます。そのためにも、数多くの現場に出会って真剣に取り組み、悩んだり考え込んだりすることは必要といえるでしょう。

身体の機能回復が人間としての尊厳に結びつく

理学療法士の目的を患者さんの動作能力の回復といいましたが、実はその一歩先に大事な要素があるのを忘れてはいけません。それは、リハビリによって患者さんが自信や尊厳を取り戻すことです。むしろ、それこそが理学療法士の重要な役割だと私は考えています。

何らかの障害を持つ人たちは生活に大きな支障をきたしています。仕事ができなくなったり家事をこなすことも難しかったりする。職場では自分の仕事が誰かの担当になっていたり、家族旅行も自分が歩けなくなったため中止になったりします。

すると、患者さんは「周りに迷惑をかけている」と思い始めるのです。周りの世話になるだけで何の役にも立っていない。自分の価値は病気やケガによって一気に下がった、あるいはゼロになったのではないか、と。

どうしても考えが後ろ向きになって、うつ状態になりがちなのです。さらに進むと、生きる価値さえないのではないかと思うようになります。

そうした価値観にとらわれている患者さんに、少しでも早く自信を取り戻してほしい。身体機能の回復はもちろん大切ですが、自分の価値を再認識すること、まだまだ十分にやっていけるのだと確信してもらうこと、これこそが理学療法士の究極の目的です。

片足を切断した患者さんは、もう二度と自分の足を取り戻すことができません。リハビリをしても、以前と同じような動作をすることは難しいでしょう。しかし、その時に片足では何もできないと嘆くのか、片足でもできることを見つけ、そこに向かって努力するのか―その発想の転換が、患者さんの今後の生活を左右します。

ですから私は患者さんとよく話をします。どういう生活を送りたいのか、どう生きていくのか。そこからリハビリの方針や向かうべきゴールが見えてくる。

結局、生きることに前向きになることが、スムーズなリハビリにもつながりますし、より大きな効果が出るようになります。だからこそ自信や尊厳がとても大切なのです。

加えて、患者さんがひとりで起きたり歩けたりすると、家族の負担が激減します。介護のために家族の生活が犠牲になっていることも多く、そこから虐待なども生じる。患者さんの機能回復というのは、本人の自信回復であり、家族にとっての安心感にもつながっているわけです。

授業では、患者さんの向こうに家族がいることを意識してリハビリに当たるよう指導しています。理学療法士とは奥の深い仕事です。極めようとすると絶え間なく努力しなければなりません。しかし、それだけ価値のある仕事であるのも確かです。

やり始めたら真剣に取り組み続ける。覚悟を決めたなら必ず仕事の意義も分かってきます。覚悟を決めて諦めずに仕事に向き合えば、やりがいも感じ取れるはずです。

森ノ宮医療大学　金尾顕郎　教授